アンディ・フグは、1996年3月に行われた第4回K-1GP開幕戦で、キックボクシングをバックボーンに持つプロレスラーのバート・ベイルと対戦した。前年はマイク・ベルナルド、2年前はパトリック・スミスの強打に沈み、すべてGP一回戦で敗北したアンディ。今回も“また一回戦負けか”という悲観的な意見も出ていた。
ところが、アンディはベイルのパンチを見切ると、3回のダウンを奪うTKO勝ちで勝利し、鬼門となっていた初戦を突破した。
ようやく初戦をクリアしたK-1スターだが、これまで失ってきた信用を取り返すには時間がかかる。どうせ、次で終わるだろう――。初参戦のベイルを倒したくらいでは、まだ否定的な意見が多かったのは事実だ。
それから2カ月後の5月に、GP決勝トーナメントが開催された。アンディの二回戦の相手はベルナルドと同門の南アフリカのキックボクサー、バンダー・マーブだ。身長2メートル10センチの長身で、強烈なフックとヒザ蹴りを武器にしている。同年3月にはアンディの極真空手時代からの盟友マイケル・トンプソンをKOした。
アンディは強打を持つファイターとの対戦は相性が悪いと見られていたが、試合が始まるとコンパクトに放った左フック一撃でKO勝利を収め、まるで別人のように成長した姿を見せた。
準決勝では、第1回GP準優勝者のアーネスト・ホーストがアンディを待っていた。“ミスター・パーフェクト”と呼ばれているホーストは、蹴りやパンチ、攻撃やディフェンスすべてにおいてレベルが高く、まったく付け入る隙がない選手だ。
パワー系で押しまくるファイターへの対策は十分にしていたアンディだが、こういうタイプは苦手なのではないかと思われていた。実際にホーストとは前年7月に対戦し、判定で敗れている。さすがにここで万事休すかと思われたが、アンディが信じられない粘りを見せた。ホーストとテクニック合戦となり、なんと延長2ラウンドの激闘に発展し判定2-1のスプリットで勝利を収めたのだ。
毎年GP一回戦負けのアンディが、ついにファイナル進出。この時をファンは、どのくらい待っていただろうか。決勝戦でアンディを待っていたのは宿敵マイク・ベルナルドだった。GPでKO負け、リベンジマッチでも返り討ちにあった天敵との3回目の対戦。しかもGP決勝戦で2人が向かい合うという巡り合わせだろうか。
ベルナルドは、ここまで二回戦でピーター・アーツをKOし、準決勝で武蔵(当時=ムサシ)を判定で下している。初優勝へ向けてのお膳立ては、すべて揃っていた。ただ、アーツとの激闘、ムサシ戦でローキックを蹴られて左足へのダメージはありそうだった。アンディは、そこを見逃さなかった。ベルナルドのパンチをガードすると、ローキックを蹴りまくる。もはや、極真カラテの試合だ。一発、二発と次々にローキックがベルナルドの左足に集中する。
尻もちをついてダウンするベルナルドは、苦痛に顔を歪ませながら立ち上がる。そこへアンディは、のちに“フグトルネード”と呼ばれる下段廻し蹴りを叩き込み、止めを刺した。
勝利を確信したのかアンディは、観客と一緒にダウンカウントを数えながら手を挙げる。そして、奇跡のKO勝利。紙吹雪の中、アンディは本当に嬉しそうにファンへ笑顔を向けて手を振り続けた。
最高のエンディング。武蔵や正道会館の仲間がアンディを肩車して祝福した。おそらく、アンディにとって、この時がファイター人生の中で絶頂だったことだろう。
※写真はアンディが生活の拠点としていたルツェルン。写真のカペル橋から、車で15分ほどのホルという街に彼は眠っている(以下、次回)。